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J鉄局TOP>珍車ギャラリー>JR北海道 急行「はまなす」編成
最後の急行は、くせ者ぞろい −−−JR北海道 急行「はまなす」編成−−津軽海峡線開通の1988年に運転が開始された急行「はまなす」は、2012年3月のダイヤ改正以後、 JRにおける、唯一の定期急行列車となります。 それだけでも十分珍車といえるのですが、 言わば、それは結果論に過ぎません。 それでもなお、編成としてまとめて「珍車ギャラリー」で取り上げるのは、 「はまなす」編成を構成する一両一両が、 最後の急行であるか否かにかかわらず、個性派ぞろいだからです。 「はまなす」の基本編成は14系客車7両で、 自由席2両、指定席3両、B寝台2両。となっています。 寝台特急と違って、夜行の急行列車は、座席車がメインであって、 寝台車はプラスアルファ的存在です。 そうした伝統も引き継いでいます。 −2012年3月28日の急行「はまなす」上り編成− ←@函館 札幌、青森F→ @スハネフ14形550番台−Aオハネフ25形0番台−Bスハフ14形550番台−Cオハ14形500番台「カーペットカー」 −Dオハ14形500番台「ドリームカー」−Eオハ14形500番台「ドリームカー」−Fスハフ14形500番台 まずその指定席車に、とんでもない珍車がいます。 なんと座席がないのです。 §1 C号車、オハ14形500番台「カーペットカー」−−座席がない指定席車−−座席はないのですが、カーペットカーに乗車するには指定席券が必要です。 さて「カーペットカー」には更衣室が付いているのですが、 それはラクな服装に着替えてカーペットの上でごろ寝をしていただくためのものです。 指定席券は、そのエリアを示したものです。 カーペット敷きのごろ寝スペースといえば、 定期航路の客船における2等客室は、これが定番であり、 青函連絡船においても例外ではありません。 青函連絡船の営業キロは113km。 1965年10月以降、旅客便の運航時間は3時間50分に統一されました。 一夜を過ごすには時間が短すぎる感はありますが、青函連絡船には深夜便も設定されていました。 私がかつて、最も多く利用した北海道ルートは「白鳥」が青森駅で接続する深夜便に乗船し、 函館で早朝に発着する列車に乗り換えるというルートです。 札幌での時間を有効に使えることから、 私に限らず利用する人は多く、深夜便の利用率は高かったのではないでしょうか。 1988年3月、青函トンネルの開通に伴い、青函連絡船は廃止されたのですが、 急行「はまなす」はこうしたニーズを引き継いだ列車なのです。 さて青函連絡船廃止時の運賃・料金を見てみましょう。 普通運賃:2,000円 寝台料金2,400円(上下段とも) グリーン席 座席指定席:1,600円 自由席:1,100円 (普通運賃はこども半額。それ以外の料金は大人子供同額。) 深夜便ばかりではないのに、連絡船には寝台があったんですね。 4時間足らずの利用ではあまりにもったいないので、私は利用したことはありません。 グリーン席は割安に感じられたので利用したことがあります。 たしかに座席はゆったりしていましたが、カーペット敷きの普通船室のほうがノビノビできるので、 もっぱらこっちを利用していました。 やっぱり横になれるのはラクです。そんなよき伝統を引き継いだのが「カーペットカー」です。 ただ、急行「はまなす」用にオハ14形がカーペットカー改造されたのは1997年です。 元祖は、函館−札幌間の夜行快速「ミッドナイト」(1988〜2002年)で使用されたキハ27-551ということになります。 (このミッドナイト用のキハ27形も実に興味深い存在なので、いずれ採り上げたいと思っています。) いずれにせよ、船と違って「カーペットカー」は別途指定席料金が必要です。 「せこいことをいうな。」ですって?とんでもない。 船と違って利用空間が限定される鉄道車両は、座席に乗客を詰め込むことを想定して、 定員を割り出します。
オハ14形座席車の座席数は75。 対して「はまなすカーペット」のそれは25に過ぎません。 2段構造(上段21-28は線路方向、下段1-17は枕木方向に横になるレイアウト) にして定員を増やしているのにもかかわらずです。 ちなみにオハネ14形の寝台数は48。 オロネ14形でさえ28ということから考えれば、 510円の指定席券で利用できる 「はまなすカーペットカー」のコストパフォーマンスが いかに突出したものかがおわかりいただけると思います。 私は急行「はまなす」を利用する際、当然「はまなすカーペット!」と指定するのですが、 何回チャレンジしても、いつも満席。 もともと席数が限られているのに加え、 知る人ぞ知るの「格安」&「楽ちん」仕様ですから無理もないことかもしれません。 それならば、もっと両数を増やして欲しい気もするのですが、 前述したように、満席になったところで、さして収益が上がるわけではないのです。 この画像をご覧ください。 このように、2段構造にした結果、 ご覧のような個性的な珍車が登場することになりました。 これほどの改造をするわけです。改造費のもとをとるには何往復しなければならないでしょう。 種車となる14系客車自体、1970年代前半の車両なのです。 最後の急行である「はまなす」自体、あと何年活躍できるか? と考えると今更増備は「無理」という答えしかでできません。 それだけに、夜行バス全盛時代の今、 バスには真似ができないJRの夜行列車の可能性と魅力を伝える貴重な存在として一日でも長く活躍して欲しいと思います。 はまなす編成の中で唯一の基本番台。何の変化もなかったように見えますが… §2 A号車、オハネフ25-3 −ひとクセも、ふたクセもあるオハネフ25形0番台−オハネフ25形は、1973年から1980年にかけて作られた24系寝台車の2段式B寝台車です。 3段から2段に変更されたことで24系25形編成と呼ばれるこれらの車両は、 1974年から「あかつき」「彗星」用として,京都にある向日町区に配属されました。 そのうち、向日町区から「ゆうづる」用に、 オハネフ25形0番台が青森区に転属してきたのは、1980年のことです。 1983年には200番台(上段寝台固定タイプ)も青森区に転属してきました。 彼らが、1988年にデビューした「北斗星」に用いられることになります。 さて1988年3月のダイヤ改正は、JRが発足して初めてのダイヤ改正となるのですが、 津軽海峡線の開通に伴い、札幌−上野間を結ぶこの「北斗星」をJR北海道、JR東日本の両社で、運行することとなりました。 不安がなかったわけではありません。 北海道と首都圏の当時すでに、、飛行機が圧倒的なシェアを獲得していたのです。 そこに切り込んでゆくために、JR北海道とJR東日本の両社は、ブルートレインならではのゴージャスな旅を提案しました。 シングルDX、ツインDXなどの個室寝台を用意し、ロビーやシャワーなどの車内設備も充実させました。 しかし、これらは全て、24系25形を中心とした改造車でまかなわれました。 フランス料理のコースディナーを提供する食堂車に至っては、電車であった485.9系の食堂車を転用するということまでやっています。 しかし、そのままではイメージアップはできません。 全車に金帯を3本入れました。 インテリアやエクステリアも改められました。 これらについてはJR北海道、JR東日本の両社で独自に取り組んだのですが、 良い意味での対抗意識が功を奏し「北斗星」のブランドイメージを一気に高めたといえるでしょう。 「北斗星」は「ゆうづる」の発展型です。青森区のオハネフ25形も当然、動員されました。 もちろん金帯を3本入れました。 でもそれだけではありません。他の改造車と同様、 酷寒地である北海道での使用に耐えうるだけの耐雪耐寒工事が施されているのです。 外見ではドアが引き戸に改められたことが見て取れますが、暖房も強化され、耐雪ブレーキも装備されました。 ただ解せないのは、なぜ、改番をしないのか。ということです。 まして、北海道仕様となれば500番台という慣例もあります。 ひとつ考えられるのは、改造対象車にオハネフ25形の基本番台と200番台が混ざっていたことがあげられます。 上段寝台自動昇降装置付きの基本番台と固定式の200番台は、やはりひとまとめにはできないでしょう。 経年にも差があります。 でも、種車の番号+500という手もあると思うのですが…。 さてJR北海道に引き継がれたオハネフ25形は、札幌−青森間の急行「はまなす」にも使用されることになりました。 しかし「はまなす」は14系の編成です。 14系編成の中に24系が組み込まれているということになりますが、 これは、珍しいことなのです。 とはいえ実のところ、14系寝台車と24系寝台車は、見た目もほとんど変わりません。 いったい何が違うのでしょう。 24系客車は、14系寝台客車の基本構造を踏襲しながらも、その電源供給方式が違います。 14系では、客車の床下に電源用のディーゼルエンジンを装備しますが、 24系では別途、電源車をあつらえ、ここから客車へ電源を給電する、 「集中電源方式」を採用したという点がもっとも大きな違いです。 「集中電源方式」は先々代となる20系と同様のシステムで、 後戻りしたように見えますが、その理由は大きく二つあげられます。 まずは安全性の向上です。 1972年に発生した北陸トンネル火災事故をふまえ、 ディーゼルエンジンを客室の床下に置いた14系の分散電源方式は、 防火安全対策上において問題があると指摘されたのです。 危険性のある装備は、電源車に装備し乗客から隔離するという発想です。 加えて24系は客車自体も難燃化等、徹底した防火対策を施した系列でもあります。 つぎに、騒音、振動に関する問題です。、 ディーゼルエンジンを客室の床下に置いた14系の分散電源方式は、やはりやかましく、振動も気になります。 これもできれば乗客から隔離するほうがベターです。 しかし、電源から遠ざかればその供給に不安が生じます。 そこで、編成全体の通電容量を考慮して、 編成の海側・山側両方に電源用三相交流補助回路の引通しを設けました。 このため24系は、14系や12系といった分散電源方式の客車とは原則として混結できないのです。 もっとも混結できないからといって、車両を遊ばせておくことほど、JR北海道に余裕ははありません。 前述したように24系は、14系と基本構造はほぼ同じなのです。 14系からの電源供給も可能にしたのが、これらの車です。 このことで車両の検査時やトラブルが発生したときも柔軟に対応できるようになりました。 しかし、ここでも改番はされませんでした。 24系を14系に組み込む改造は、珍しいこととはいえ、他社に例がないわけではありません。 JR九州ではオハネ25形100番台を改造し14系に組み込んでいます。 97年、99年、2005年に合計8両がオハネ15形1000番台としてデビューしています。 (種車の番号+1000) それにしてもなぜ、JR北海道は改番しないのでしょう。 オハネ15形1000番台は、もはや24系としての使用は考えられていません。 しかし、JR北海道のオハネフ25形はその全てが、「北斗星」と共通運用なのです。 JR九州のオハネ15形1000番台が白帯に変更されたのに対し、 オハネフ25形の金帯が維持されているのはそのためです。 14系に編入というわけにはいかないのです。 それだけではありません。「北斗星」用のスペシャル装備として オハネフ25形の2,4,8,15については、コンパートメント改造までなされています。(1997年改造) 北海道仕様であることは言うに及ばず、JR北海道のフラッグシップたる「北斗星」仕様でもある彼は、 14系としても、24系としても使えるマルチな才能の持ち主なのです。 ただ者ではないと思っていただければ幸いです。 24系と併結することが大前提の14系はもと24系? §3 @号車、スハネフ14形-550番台 −24系だった14系寝台車−14系寝台車は、12系客車(1969年〜)同様、 冷暖房用などのサービス電源を、床下のディーゼル発電機でまかなう 「分散電源方式」を初めて採用した寝台客車として1971年デビューしました。 20系B寝台車の幅を大型化したことも特色の一つですが、 中段寝台の自動昇降装置を取り付けたことも大きな変更点です。 面倒で危険な作業でもあった寝台車のベッドの収納などを省力化し、 人件費を少しでも削減しなければならない当時の国鉄時代が忍ばれます。 ちなみに14系は、14形(1971年〜 3段寝台であったB寝台車+A寝台車=188両)と のち2段寝台で登場した15形(1978年〜 B寝台車のみ63両)に分別できます。 なお15形は防火安全対策(A-A基準)を強化して製造されたグループです。 14系が北海道に進出したのは1983年。 急行「まりも」・「大雪」・「利尻」で使われていた10系寝台車の置き換えのため、 北海道仕様の改造を受けた500番台が導入されます。 客用扉が引戸化されているのが外観上の識別ポイントです。 なお在来客車とも併結するため、蒸気暖房管が引き通されています。 台車にも変更が加えられ(TR217F/TR217G)、 最高速度は95km/hに抑えられました。 JR北海道となって以降、急行「利尻」をはじめに 急行「まりも」「大雪」は気動車に置換えられてゆくのですが、 寝台車は存置することになったので、 JR北海道の14系寝台客車は気動車との併結改造が行なわれました。 (こちらも珍車ですので、いずれ別ページでご紹介したいと思っています。) ただ道内発着の夜行列車は2008年にすべて廃止され、 これら気動車の併結改造車である14系寝台車は すべて廃車となってしまいました。 このときJR北海道に引き継がれた14系500番台寝台車は、 全てその姿を消してしまったのです。 えっ「はまなす」用の14系寝台車はどうなるの? 実は24系からの改造編入車です。550番台は500番台とは違うのです。 「はまなす」への寝台車を連結することになったのは1991年7月。 実はその当時、14系寝台車は不足していました。 さて14系寝台車のうち、JR北海道に継承されたのは、 オハネ14形500番台17両とスハネフ14形500番台8両の計25両です。 しかし、オハネ14形500番台については 1989年の「北斗星」3・4号の定期列車化に伴い、 うち14両が24系客車へ改造編入され 14系寝台車は11両しか残っていないという状況だったのです。 なお、これらは全て気動車との併結を可能にした改造車です。 そこでJR北海道は、まず「北斗星」と共通運用可能なオハネ24形を用意しました。 @号車にスハフ14を連結、これから電源の供給が受けられるよう改造しました。 これについては§2を参照してください。 そして同年、12月。 スハネフ14形550番台が登場することになるのです。 「北斗星」1・2号の個室化推進に伴い 余剰になったオハネフ25形200番台を転用することにしました。 (オハネフ25 218.220→スハネフ14 551、552) 14系化するため、床下に電源装置を取り付けました。 DMF15HZ-G形ディーゼルエンジン(出力270PS なおスハネフ15形のエンジンは230PS)です。 これは廃車となったスハフ14形500番台から捻出したものです。 ところでスハネフ14形550番台は2両しか存在しません。 予備車はないということになりますが、その際はスハフ14形500番台を使用するのです。 電源用エンジンは、中古ではありますが、 スハフ14形500番台と共通であるということに実は意味があるのです。 2段寝台なのだからスハネフ15形でも良いじゃないかと思うのですが、 JR北海道となる前年の1986年に、 14系寝台車はすべて、2段寝台に改造されていて 区別する必要は、もはやありません。 むしろ14系であると言うことが優先事項です。 なぜなら、つねに24系寝台車をエスコートし、その電源を供給するのがその使命だからです。 スハネフ14形550番台は、もう24系として「北斗星」で使うことはありません。 改造時に帯を白帯に変更しました。 そして「はまなす」専用車として,その決意を示すかのように ボディーには「はまなす」のエンブレムが取り付けられました。 津軽海峡線を走行する「はまなす」の最高速度は110km/h。 「かつての500番台と一緒にしないでください。」と言っているようです。 JR北海道 急行「はまなす」急行「はまなす」を支える最強の14系客車たち §4 B号車、スハフ14形550番台 F号車、スハフ14形500番台−急行「はまなす」を支える強力な電源サプライ体制−14系客車 はBOXシートの12系客車をベースに、 簡易リクライニングシートを装備するなど183系電車と共通の車内設備をめざした特急形車両です。 1972年から1974年にかけて合計325両が製造されました。 当初、主に波動輸送用として増備されたことから、グリーン車や食堂車はなく地味な印象は否めません。 12系同様、分散式冷房装置(AU13形)を搭載し、 列車端部に配置するスハフ14形にはサービス用電源として DMF15HZ-G形ディーゼルエンジンを床下に取り付けました。 (出力270PS:自車を含む6両に給電可能) なお12系座席車・14系寝台車以外の系列との併結は考慮されず、 当初、蒸気暖房と電気暖房用の引通し線は未装備でした。 北海道向けに500番台が改造されたのは、1981年。 (オハ14 501 - 539・スハフ14 501 - 509) 北海道の急行列車で使われていた旧形客車の置き換えのため、 本州内の急行列車廃止で余剰になっていた14系を転用することになりました。 折戸であった客用扉が引戸化され、これが外見上の識別ポイントとなります。 もちろん改造は内部にも及んでいます。 北海道では、荷物車、郵便車、10系寝台車などの旧形客車との併結が前提であったため、 機関車からの暖房用蒸気を送るため、引通管が新たに設けられました。 また電気暖房も強化され、給電可能車は、自車を含め6両→4両給電に変更になりました。 結果、スハフ14形が不足する事態が発生し、 オハフ15形に電源用ディーゼルエンジンを追加しました。 これがスハフ14形550番台です。(551 - 561) さて、2012年3月に乗車した急行「はまなす」ですが、 7両編成中、スハネフ14形を含め3両が電源供給車でした。 「こんなにいるのか?」と思わないではありませんが、 急行「はまなす」には強力な電源サプライ体制が整っています。 §5 D.E号車、オハ14形500番台「ドリームカー」 −オロ14形500番台といっても遜色はありません−−電源だけではありません。その内装を格段にグレードアップしたオハ14 500番台ドリームカーも忘れてはならない存在です。 (オハ14 503・505・507・508・510) 元々は、急行「まりも」の座席指定席車のグレードアップを目的として改造されました。 改造後の番号変更はありませんが、 グリーン車用リクライニングシートに交換され、ミニロビーまで備えた車両です。 座席は、キロ182形のグレードアップにより発生したものという記事がありましたが、 それだけでは不足するので新たに調達したものもあるように思います。 少なくとも私が乗車したドリームカーの座席に古くささは感じられませんでした。 このように北海道の14系は、500番台となってからも、 現在まで、改番を伴うもの、伴わないものも含め、 改造された14系のオンパレードです。 そうそう。 一旦抑えられていた最高速度(95km/h)が、青函トンネルを走行するために、 再度110km/h走行が可能となっていることも見過ごせません。 別途採り上げた、カーペットカー オハ14 512、515 を含め、 最強の14系客車を取り揃えたのが、急行「はまなす」編成なのです。 これだけの役者を取りそろえたからこそ、 急行「はまなす」は最後の急行として、生き延びられたのではないでしょうか。 参考文献;鉄道ピクトリアル 「特集 14.24系寝台客車T/U」 No791/792 2007.7/8
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